聖徳太子 実像と伝説の間
憲法十七条、天寿国繍帳名、法隆寺釈迦三尊像光背銘等で用いられた仏教経典や仏教文献から、聖徳太子の実像に迫ろうというアプローチ。
聖徳太子に関わる資料を正確に読み、そこに考古学や仏教学の知見を組み合わせて描いていくプロセスは淡々として信頼が置ける。
聖徳太子って、色々な時代の色々な人が、自分のイメージする太子像を作ろうとしているから面白い。
史実と見なしたい人、虚構にしたい人、大王(天皇)だったことにしたい人、仏教興隆に力を入れた信仰の厚い人、もしくはそれを国造りに利用しようとした人、政治家としてやり手で中央集権国家を強力に作ろうとした人、等々。
時にはそのイメージを政治的に利用されたりしながら、1400年に亘り受け継がれてきた太子像。
本当の真実なんて歴史の世界では永遠にわからないんだし、不明なことがあるから面白いんだし、人それぞれの太子像があっていいんだよね。
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